私自身が最近 関わっている社外活動で感じる事がありました。 「意識高い系(笑)」方々は周囲からどう見られているかを気にしながらも、自分が人からどう見られているかには鈍感であると言う事です。単純によく見られたいという思いが強過ぎてかえって、残念な姿をさらしている事が多いと感じます。
先日も会議の中で持論をもち発表する姿勢は素晴らしいかと思いますが、組織の一員としての立場や目的などを理解なく利己主義な主観では議論にはならないですよ(笑)
諸先輩方への敬意や配慮すら感じられない発言には、苦笑いしかありませんでした♪ (笑)
自分の言動が適切だったかどうかを自身で判断する「セルフ・モニタリング」の機能が全く働いていないと云う事実でしたね。
(※セルフモニタリングとは、社会的な人間関係の中で自分自身を監視し、コントロールしていく能力)
ここからは少し厳しい見解なので、興味の無い方はスルーしてください。
その為にセルフモニタリング能力の低い方は、ただ何かを(業務を遂行)する能力が低いというだけでなく、
自分の能力の程度を把握する能力も低いってことです。
なので、仕事のできない人ほど自分の仕事に自信を持っているようにみえるという不思議な現象が一部で起きてる事があります。
領収書を切ってビジネスマン気取りの貴方!(笑)
物事を理解する能力の低さが自己認知も妨げるため、自分の能力が低いという事実にも気づいていないでしょうね。
私が敬愛する諸先輩諸兄達は"できる"人ほど、悲観的であり、"できない"人ほど楽観的である傾向にあると感じます。
これは、"できる"人ほど、あらゆる可能性を想定しているために、いろんなケースを頭の中でシミュレーションし、最悪の事態まで想定するから、"できる"人は不安にかられる。
一方で、楽観的な思考の人はそれができない。さらに、"できる"人は自分より上の能力の人と自分を比べる「上方比較」をし、自分もそこに到達できるように努力するが、
"できない"人は下の能力の人と比べて見下す「下方比較」をして安心しまう傾向があると感じます。
このため、彼ら?彼女ら?の能力にどんどん差が生まれていくと思われます。
人は劣等感を受け入れることによって成長していくといっても過言ではないのに、能力のないものは劣等感すら持っていない事と同じではないでしょうか?
セルフモニタリングが低い人は、周囲にあまり関心を持たず、状況を読みにくいことがあります。
自分の行動がその場にふさわしいかの意識が薄いため、相手の気持ちや行動に関わらず軽率な言動や行動をしてしまいます。
つまり、セルフモニタリングが低い人は、空気が読めない人と判断される可能性が高いという事です。
しかし、安心して下さい。
セルフモニタリングが低い人は言い換えれば、自分の世界をしっかり持った人といった評価や、態度がぶれないので誠実で信頼できる人と評価される事もあると思います。
私自身もまだまだセルフモニタリング力が低く未熟な事が多いので、様々な方々と交流し自己の見識を広げ地域貢献を出来る様 成長したいと痛感致しました。